鮎師匠

 「人生に起こることの、ほとんどすべては必然」という人もいるが、どうのような「必然」があったのか、神に聞きたくなった。
元気で、堅牢であった彼は、昨年くらいから確かに老いが見え始めた。
しかし、テニスを日課とし、6月に入れば川の様子さえよければ毎日でもアユを釣りに行く。
川にさえ入れば、「老い」など微塵も感じられない。
引き締まった体と、赤銅色の顔はこの夏も健在であった。

私にアユ釣りを教えてくれた「鮎師匠」のことである。

彼は、「美山川」が大好きであった。
名のごとく、美しい川で、彼と10年以上、アユ釣りをした。
「好きこそものの上手なれ」。やはり彼は、アユ釣りをしている時が最も格好良かった・・・。

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先月、自宅で転倒、数日後、たまたま一人の時に身罷ったという知らせを聞いて、気持の整理がつかず、御線香をあげに行った。

奥様が「好きなことを存分にできたので・・・」と言っておられたのが、私の救いとなった。

つまり、「本望」ということであろうか。
だとしたら72歳で急死した私の「鮎師匠」の場合は、「本望」が「必然」と言うことになろう・・・。

「豊かな死は、豊かな生の結末」なのであろう・・・・・・・(浅田次郎)

私の鮎釣りの道具は残ったままであるが、来年のシーズン、そしてその次も、鮎を追いに行くときに、私に彼が蘇ってくることは、間違いない・・・。

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