小光子の心

アクセスカウンタ

zoom RSS イズスミの行方

<<   作成日時 : 2014/10/09 20:55   >>

トラックバック 0 / コメント 2

大した魚は釣れていないが、久々に楽しかった昨夜の釣りの余韻が残っている朝であった。

いつものように、ユックリと朝食をとった後、あさの空気を吸いに外へ出た。
秋の陽ざしの中に、金木犀の香りが流れ、朽ちかけたウバメガシの裾を小花が飾っている。
実はこの木には今年も何世帯ものクワガタが暮らし、今、子孫を残そうとしている。

画像


画像
                       (帰京時の画像引用)

しかし、今、その木には沢山のスズメバチが群がっているのだ。
多分、彼等が必要とするエサが、その朽ちかけた木に沢山あるのだろう。

カミサンはその木の裾に花を植え、小光子は近くに車を止める。しかし、私達が木に近づくと、ハチは威嚇してくるのだ。
正に危険な時期なのだが、この場所を、ハチに占拠されるわけにはいかない。

画像
            (庭園灯の後ろの木が危ない・・・初夏の画像引用)

小光子は酒・酢・砂糖を入れたスズメバチ退治の仕掛けを木にぶら下げている。
仕掛けに落ちて多くのハチが中で蠢くのを見ていると人間の勝手さを痛感し、とても心苦しいのだが、これもやむを得ない。


この朝、「大和捨命総介」こと、市鹿野の仙人に電話をした。
彼がこの「イズスミさん」が好きなことを小光子は知っているからだ。

「ソウスケさん、60オーバーのイズスミを釣ったけど、ホントに食べる・・・?。この時期はまだ臭いよ・・・・」

ソウスケさん:「小光子さん。なにゆうてんねん。そんな旨いモン、喰うに決まってるやんけ。取りに行くわ!」

と言う。やっぱりスキらしい。

彼は15年以上前から、わけあって市鹿野に棲みつき、陶芸作品を創り乍ら、ある時は小金を稼ぎ、基本的には自給自足を楽しんでいる男なのである。

何故か初めて会った時から、小光子は気が合い、毎年彼が作った陶芸作品が京都市美術館に展示される展覧会には行って、感じたままの批評をしている。芸術に疎い小光子であることは自覚しているのだが、今年などは「あまり、好まない」と言ってしまった。
彼は、決して大人しい男ではないのだが、「やっぱり、そうか・・・」と支障がない。

ということで、このどでかいシロモノを喜んで食べてくれるなら、この日は市鹿野までドライブすることにした。

画像
(左クリックで拡大すると中央少し右に釣り人が見える)

市鹿野は日置川の上流で、アユ釣りでは、関西で最も大きい鮎が釣れるという名川である。
しかし、この頃は、とても数が少なくなって、地元の人も、もう私に、鮎釣りを勧めたりはしないほどである。
しかし、この熊野の渓谷は雄大で、そして神秘的で美しい。
この日も、この時期のこと、数少ない尺鮎を狙っているのだろう、何人かの釣り人が川に入っていた。

画像


小光子は見飽きることのない日置川を眺めながら、総介さんところに行く前に、数年前、私が発見した「魚面岩」が大洪水にめげずに健在なのかを見たかったので、道をそれた。
途中、○山さんの家の前を通りがかると、家の前の床几に2人の初老の男性が、秋の柔らかい日ざしの中に溶けているように、網を繕っていた。隣に奥様も何やら、お話をしながら佇んでいた。

車を降りて、「お久しぶり!」と、小光子は挨拶をした。

すぐに気が付き、昔話に花が咲いた。その間に奥さんが家の中に入って、冷凍してあった大きい鮎を10匹も持ってきてくれた。
なんのお土産も持ってこなかった小光子だったが、彼等の好意がとても嬉しかったのである。

私達から見ると、彼等は正に自然の一部であり、半養殖のネコよりも、はるかに自然に同化できている人間と言えようか。

「たまには文化の臭いがしないと生きて行けない」というカミサンだが、ウリボウを一緒に風呂に入れてやるくらい可愛がり、大きく育てて、結局、最後は、「食べた・・・!」と、アッケラカンにいう彼等のことを、とても好きなのである。

少し場所が曖昧になっていたが、彼(魚面岩)は数年前と同じ姿で川底に佇んでいた。
これが存在する限り、小光子創作の「魚面岩の伝説」http://48528495.at.webry.info/201004/article_6.html
は忘れられないような気がして、嬉しい・・・・。

画像


寄り道が多かったが、総介さんの屋敷に到着して、声をかけると、彼は昼飯の最中であった。
小光子は、それならと近所を散歩することにして、車を置いて出かけた。また、寄り道だ。

画像


画像


画像
         (この辺りは「白茶」という美味しいお茶がとれるのだ)

熊野の山間の原風景は生きている心地を再認識させてくれる。

この山奥に、多くの家ががある村が、「ポツン」っと存在し、学校もあったようで、駐在所も診療所もあるが、今はどこの家も空き家が多い。

聞くところによると、昔、平家の落人が逃げてきて、この村をを大きくしたと聞いている。容易に想像できるような地域なのである。

総介さんの家に戻ると、彼はいつもの調子で明るい。
小光子の魚を観て、「これはナカナカのもんやで。冬やったら、2万円強やな!」と上機嫌だ。

かれは、この山村で、色んな事をやって、生(活)きている。

陶芸を楽しみながら、モズクガニを育てたり。手長エビやウナギを採ったり。あるいは、冬には鹿やイノシシを獲ったりもする。また、蕎麦を育てていることもあった。

それで今回は、「ちょっと、見てくれや」と、家の中を通り過ぎて、裏庭へとおりた。以前はここで立派なリュウキン(金魚)を飼っていたが、なんと、この日は小屋の中に鳥が居る。よく見ると「軍鶏」なのだ。

「小光子さん。これ料理できるか?やれるんやったら、1匹持って帰りや・・・。!」と言う。
しかし卑怯者の小光子は、軍鶏には目が無いにも関わらず、鳥の解体には腰が引けるのだ。

また、「軍鶏はケンカする」と言うことで、違う場所にも、自作で立派な小屋をつくって、軍鶏を飼っていた。
仙人曰く。「それでは、今度小光子さんが来るまで、コイツに○ヒロという名前を付けて、美味しいものを食べさておくから、みんなで食べようや・・・・」と言うことになったのである。
この軍鶏の運命も、あと1ケ月である。

画像


そんな訳で、イズスミは美味しい「鮎」に変わり、次には適齢期を迎えた「軍鶏」を彼等と食べる楽しみができた小光子達であった・・・・。

帰り道に彼岸花が光と戯れていた。
わざわざ車を止めて撮影を促した小光子であったが、いつものように長い間、別れを惜しんでいたのだろうか、カミサンはナカナカ、車に戻ってこなかった。

画像


画像


そして、週末になって京都に帰った頃には、すでに深い秋が訪れていた・・・・。

画像

                                              終わり

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
海から山へ。魚面岩伝説の里もすっかり秋の装いですね。
海から川、山へと小光子さんが進むにつれて、食物が交換されていくみたいで楽しいですね。ほのぼの感が伝わってきます。熊野路・秋紀行も楽しませていただきました。
summer breeze
2014/10/11 08:46
summer breezeさん。
あちらで生活していると、自分自身がまさに自然の一部であることを再認識してしまいます・・・・。
あたりまえのことなのですがね!
小光子
2014/10/11 12:17

コメントする help

ニックネーム
本 文
イズスミの行方 小光子の心/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる