戦争・・・・!

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 もし小光子の父が、今生きているとしたら、たぶん103歳。
あの凄惨な第2次世界大戦の生き残りで、10年前にこの世を去った。

父親は当時の男子としては体も大きく、甲種合格の兵士だったと本人から聞いている。
柔道をやっていたらしいが、小光子からみて、決して敏捷で、器用とは言えない人だった。

しかしながら、その父親があの凄惨なインパール作戦の生き残りとして、8年の兵役を終え、帰ってきことに、今となって、改めて理解を示すことができる。

以下、父親の述懐である。

戦史に残るビルマは「チンドウイン川の渡河作戦」の時であった。

上官から「泳げない者は申し出よ!」と言われた。父は大きな負い目を感じながらも、即座に挙手した。(父は全くの金槌。私の子供の頃、泳ぎに連れて行ってもらったことはなく、小学校6年生の「臨海学校」に参加させてもらって、初めて泳げるようになったくらいである。)

その結果、書類を積んだ筏を守って、チンドウイン川を渡ったという。
多くの泳げる戦士たちは、飢えと疲労と装備の重さに、早い流れにどんどんと流されて、亡くなっていったと、父は何度も私に語った。

男の子は母親似というのが定番だ。小光子は母に似て、小さな頃から運動能力には長けていた。
当時の区民運動会は盛大で、勝者の商品には今と違って様々なものがあり、楽しかった思い出がある。
そして、その運動会には、母親との参加でたくさんの商品を勝ち取った記憶があるのだが、「インパール作戦の生き残り戦士の父親」との記憶は皆無だ。
もし、チンドウイン川の渡河作戦に際したのが父ではなく、私だったら、きっと私は、川のゴミになっていただろう・・・。

人の命とは、偶然に存在し、その偶然とは不思議なものと痛感する小光子なのだ。

戦争は悲惨だが、必ずしも強いものが生き、弱いものが死ぬとは限らない。そして、戦禍では人の命など極めて儚い。

つまり、私たちが生きているのは、何かに「生かされている」としか思えないのである。

戦争には大儀があるが、その背景には必ず「死」がある。

儀は人の社会にとって、とても重要な精神原理だと思うが、何かに生かされている儚い私たちの命であるからこそ、全ての人間は、大儀のために、自らを「死」に向けてはならないのではないか、と心が揺れる小光子である。
                                         2022.04.13  小光子記
posted by 小光子 at 20:20Comment(0)TrackBack(0)

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