小光子の心

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zoom RSS お正月に「十善戒」を頂いた小光子

<<   作成日時 : 2011/01/10 11:08   >>

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2011年1月5日、
「良かったら、持って帰って・・・」と軽く言われて、「十善戒」なるものを、もらって来ました。
京都は南山城の海住山寺(カイジュウセンジ)でのことです。
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(左クリックで大きくなる)

あらためて注意して読んでみると、明らかに小光子は「煩悩の塊である」と痛感するところです。
「不瞋意」(フシンニ)は「にこやかに暮らしましょう」ということだそうですが、ただ一つ、これが一番到達度がマシかも知れません。しかし、それさえもまだまだですがね。

旧知の友がやって来て、十一面観音を中心に京都南山城の古寺を訪問することになりました。
勿論、小光子の意思ではありません。
この旧知の友夫妻は、旅のプロなのです。
彼らにとって、めずらしいことではないのですが、昨年は海外旅行でも、6回行ったということです。なんともツワモノ夫婦です。また、日本全国、訪問していない県は一つも無く、しかも、京都通でもある彼らは、アメリカ系京都人の小光子よりも、遥かに、京都の名所旧跡をよく知っています。
そういうわけで、今回の旅は、小光子にとっては思いがけなく、実は貴重なものを見学させてもらうことになりました。友に感謝です。

まず最初に「一休さん」でお馴染みの「酬恩庵」、ここは小光子も訪れたことのあるお寺で、相変わらず肌を刺す冷たさの中で、みずみずしい苔の露が、私達の逝く道を輝かせてくれました。

観音寺:さらに南へ移動し奈良市に近いお寺です。

季節柄なのか、ただ1人の人影も無く、少し開けた陽だまりのある散村の行く道に、寺のご住職の質素な家がありました。
そこで拝観をお願いして、本堂にに行って観音様を見せてもらいました。ポツンと無造作に佇む古刹に勿論参拝者は私達だけです。

仏像なんて今まで何体観たか判りませんし、それに特別の記憶も無かった小光子ですが、この十一面観音様の美しさには、初めて感動のようなものをおぼえた気がします。小光子がさらに老いても忘れない存在となるでしょう。

それは、平安時代の前の奈良時代(天平文化)のものですが、漆を塗り重ねて造られた「漆像ということです。
質感の柔らかさ、外観ラインのシャープでありながらも、やさしい曲線は、平安時代の木像には見つけられない、神秘的な美を感じました。特に観音様の細い指や衣などは漆像だからこそ表現できる美しさかも知れない、と思いました。

なんと、聞くところによると、奈良の「聖林寺十一面観音立像」とならんで、日本に2体しか無い国宝なのだそうですが、いかにも無造作に、そして質素に安置されているのが意外でした。そして、平和な日本を自慢したくもなった小光子です。
3人の面倒な訪問者に、住職は丁寧に応対してくれた後、お正月なので、檀家さんがくれた御餅を持って帰るように進めてくれたので、「ご利益があるかも・・・・?」と道中の荷をいとわず、旅行のプロは、お鏡さんをもらって帰りました。さあ、いいことあるかな・・・・?


寿宝寺:少し街中に捜し求めて、次はこのお寺の十一面観音様の見学です。

やはり、参拝者は私達だけ。お願いすると、ちょうど昼時にかかっていて、昼食だったようですが、気を良く見せてもらうことができました。この観音様は千手観音でもあり、凝った造りの木像です。
月夜ではやさしいお顔になり、陽光では少し怖いお顔になられるサプライズのある観音様です。
木像に巧みな加色を施すことによって、そのトリックを完成させた古人の知恵を感じさせます。


海住山寺(カイジュウセンジ):小高い丘の上にあるこのお寺、こじんまりとはしているが「巧」を思わせるバランスのいい五重塔がありました。これも国宝です。そして、ここでも少し小ぶりだが、やはり重要文化財の十一面観音像に手を合わせ、一行は冒頭の「十善戒」の教えを無料で頂きました。
小光子の「戒め」にしたいと思います。
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現光寺:海住山寺からさらに南東に移動。
一行はさらに重要文化財の指定がある十一面観音像を目指して彷徨いました。しかし、行けども目的の寺はなかなか発見できません。近辺で合った何人かの人に聞いてもわかりません。でも、プロである2人はそう簡単には諦めないのです。近くの筈だという検討をつけて、友は薬師寺という寺に進入し、図々しくも、違う宗派のお寺の奥様に、現光寺へ徒歩で案内してもらうことに成功しました。
一方、友の奥様は、軽いフットワークで、五感を頼りに、その辺りを動き回り、2人は殆ど同時に目的の現光寺を見つけたのでした。
なかなか発見できない筈です。観音様の在り処は、車も、まともに入れないような細道を通ってしか行き着けない、村の外れに、あったのです。
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しかし、像はこの堅牢な庫に納められていて、事前に申し込みをしておかないと見せてもらうことは適わず、彼らの将来に楽しみを残して、現光寺を後にすることになりました。
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笠置寺:真冬の木津川を右手に眺めながら163号線を東へゆくと、小さな峠に集落が見え始めます。小光子は仕事で三重県に行くときは、よく利用したコースです。
もちろんこの笠置寺に訪問したことは無いのですが。

狭くて急な坂の道をさんざん登ると、「いのしし」や「きじ」などを食べさせる何軒かの料理屋に遭遇しますが、どこも営業している風でもなく、今回はやはり最後まで、あまり人影を見かけない名所旧跡めぐりとなりました。

この山は巨岩を有する山で、すでに2000年も前から、人々の信仰の対象となっていたことが、弥生時代の遺跡などから、わかるのだそうです。実際に建造物が出来たのは1300年以上前のことのようですが、そのころには、巨岩に刻まれた仏像を中心として、笠置山全体が僧の一大修験場となっていたそうです。
そんなことで、ここは旧跡中の旧跡であるが故、過去には訪れる人も多く、飲食の店が軒を連ねていたのが、うかがえるのです。しかし、仏教の修練場の山で、「いのしし」や「きじ」を食う店が繁盛するなんて、やはり小光子だけでなく、人間というものは俗なものですね。冒頭の「十善戒」がありがたいのも、わかるような気がする小光子です。
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火災で消えかけているマガイ仏ですが、一層に仏心を感じます。なかなか険しいコースなので、お父さんは杖を持っています。
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かくして、旧知の友のお陰で、奥深いものに触れさせてもらい、小光子一行は南山城を後にし、俗社会に戻りました。旅の道で、旧知の友と、この俗な社会のことを色々語り合いました。
共感できること、意見が違うこと、色々とです。しかし、学生さんのような乗りで、違う意見を隠さないで話せるのは旧知の友だからこそなのでしょうか・・・・・。すがすがしい気持ちになりました。
中には「裁判員制度」など難しい話題もありました。
しかし、話したことは、やはり終局的には「自由」についてのことであったような気がしました。

「自由」の定義はいささか難しい。
簡単な辞書を引くと、自由とは「責任をもってなにかをすることに障害(束縛・強制)がないこと」とあります。
なんとも、無責任な辞書です。責任を持って何かをしようとすると、障害(束縛・強制)はつきものである筈だからです。こんなわけのわからない辞書があるから、よく物事を考えない多くの若者達が「自由」を身勝手に解釈してしまうのでしょうか・・・・?。

カントは言いいます。自由とは
「意思が感性的欲望に束縛されず、理性的な道徳命令に服すること」と・・・。
これは、真理であり、重要な解釈だと小光子は思います。
世界に名を残す哲学者は、流石に的確です。これなら小光子は至極納得できるのです。

そして、サルトルは
「人間は存在構造上自由であり、したがって常に未来への選択へと強いられており、それ故自由は重荷となる」といっています。


そして、小光子宅では、老衰で認知症の進んだ父と寝たきりの母を看ながら、「特製の鴨鍋」で、みんなで楽しく酒を飲みました。
なんとも、人間というのは「俗」で「自由」なものです・・・・・・・。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
優雅な正月になりましたなあ。
十善戒・・・
映画 十戒 はよく観ましたが・・・。
俗世間でも よろしゅうに。
EGA
2011/01/10 11:41
Egaさん、こんばんは!
いつも、ゴタゴタの長ったらしいブログにお付き合い、有難うございます。忙しい1日の貴重な時間をとってしまいますよね!
しかし、写真は写せませんが、観音寺の「十一面観音像」は貴殿の美女研究の終局にしても良さそうな、ありがたいものかも知れませんよ!
ああ、失礼、イヤイヤ、観音様に失礼をば致しました
小光子
2011/01/10 18:18
「海住山寺」懐かしいです。
4〜5年前、四天王立像を見たくて、駅からテクテク歩いて行ったのですが、
四天王達は奈良国立博物館に無期限の貸し出し中で見れなかったんですよね。
あのときは、徒労だと呟いてしまったのですが、
対応してくれたお婆さんがいい人だったので、
ほっこりした気分になって、また歩いて帰ったのを覚えています。
機会あれば、博物館で見てくださいね。
びっくりするぐらい小さな四天王ですが、
あんなにカラフルでファンキーな四天王、ないですよ〜。

観音寺、まだ行ったことのないお寺です。
次の機会に狙って行きますね〜。
素敵なレポートありがとうございます。
寺巡りに心躍る2011年の始まりとなりました。
シュンメ
2011/01/11 15:24
シュンメさん、「カラフルでファンキーな四天王」となると、京都系アメリカ人と言われている小光子好みのようですね。
現光寺の十一面観音像(重文)もこの海住山寺に事前に、お願いしておかないと、観られないそうです。何人行っても5000円と言っていましたよ。
また、あの辺りの寺ですと、昔行った「浄瑠璃時(九体寺)」なんかは、あの「素」がいいとおもいませんか。近くなら「室生寺」「長谷寺」も、落ち着きますね。
しかし、観音寺の観音様は貴方の感性にも響くんではないか、と思うのですが・・・・・。
小光子
2011/01/11 18:31
京都系アメリカ人、なんとも面白い喩えで笑ってしまいました。
十一面観音像は見ていて飽きない仏像ですよね。
もう数名、仏像好きを探して行ってみたいものです。

浄瑠璃寺は好きなお寺です。
小光子様の言う通り「素」がいいですよね。
「室生寺」「長谷寺」は昨年の晩夏に2度も行ったので、
次は「観音寺」「蟹満寺」「浄瑠璃寺」にしようかな。
春が待ち遠しくなってきました。
シュンメ
2011/01/11 20:02
シュンメさん、そうですね長谷寺は5月の頃だったでしょうか、ボタンの花が存在感を示していたような・・・?
しかし浄瑠璃時は最近京都にチヌがノッコム季節(3・4月)がいいように思いませんか。
「蟹満寺」はまだ行ったことがありません。もう少し夫婦で出かけられるようになったら、私よりはるかにカミサンは喜ぶように思いますので、行ってみようと思っています。
小光子
2011/01/11 22:33

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