小光子の心

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zoom RSS 龍の祟り

<<   作成日時 : 2010/12/03 23:26   >>

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「名残惜しや、きょう(今日・京)の秋」
と思って、12月3日(金)AM10時過ぎに出発した。
訪問医がやってくる15時までの小旅行なのだ。

やはり、今日もベタな「東福寺」を訪問。
1作年の秋にも、広島から来客があり訪れたのだが、ベタのベタ所以、もみじを携えている筈の寺院の空間が、混みあった銭湯状態になっていた。
小光子達は、参拝を諦めて途中で降参したのであった。

しかし今回は、名残惜しい紅葉の時期となってか、人混みは絶え、私達を自然に迎えてくれたのである。

散り往っても、尚、それなりの美がある・・・。

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一般的に「セッカチ」といわれている小光子なのだが、歩み緩く境内の散策ができたのは、この時期だからだったのかもしれない。

東福寺は禅宗の大きな寺だ。勿論近代建築では考えらない程の屋根の重量を、その姿から素人の小光子にも想像できる。
だからこそ、この存在感、重厚感が人々に安心感を与えるのかも知れない。

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国宝の「龍吟庵」公開の最後の日であった。
一応、見ておこうと思って、境内をすすんだのだが、途中に「月輪殿」なるものがあり、その奥にあの西郷隆盛の墓があるという。鹿児島にある筈なのに、なぜここに石碑があるのか、よくわからないが、かなり美しい。
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国宝の「龍吟庵」は、書院造と寝殿造の両方の技法で造られている我が国現存最古の方丈建築で、国宝となっているらしい。
足利義満さんの字で書かれた額があったので、目ざとくくも小光子のカメラに収めようとしたのだが、監視員なのか、「カメラ禁止です」と窘められた。それでも窘められる前に、闇雲に撮った画像に一番下の義満さんが書いたという「庵」の文字がかろうじて写っている。
これに仏は怒ったのか・・・・・・

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もともと禅宗の極致は「無」であるらしい。従い、流砂だけの庭が主流だが、ここは「龍吟庵」というだけあって、龍をモチーフした石庭がある。その周囲に竹垣があるが、それには稲妻が図案化してあるのがオモシロイ。
黒い石と白い石で庭が出来ていて、雲間に蠢く龍を描いているらしい。
中心のとがった岩は龍の頭部だ。

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恐れおおくも、邪悪な人「小光子」が、国宝に軽いカメラを向けた責なのか、その後、信じられない仏の怒りにあうことになったのである。

やさしい冬の光が国宝「龍吟庵」を照らしている庭を愛でた後、小光子達が帰路につくために東福寺の境内をゆるりと歩いていた。たった10分も後のことである。
本殿の龍の絵も観たいというカミサンと、その近くにさしかかる頃、冬の空なのに突然暗雲が立ち込め、雷鳴がするのだ。
その音を「ホントなのか?」と疑う二人だったが、本殿付近に差し掛かった時には、「竜巻」と思える風が舞い、横殴りの雨が降ってきたのである。
まさに小光子が、仏の心を乱してしまったのか・・・?、と思ってしまうほどの異変である。

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キャーっと、騒いでいる頃は、まだ余裕。
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竜巻に余裕無く逃げ・・・
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たまらなくカメラマンも逃げた
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仕方なく、大きな本殿の風除けが出来る方向で雨宿りしたのであるが、雨はナカナカ、降りやまない。
流石に立派な本殿の建物だ。荒れ狂う龍から守ってくれる。

途方にくれる観光客であるが、
たぶん、かなりセッカチな小光子は、いつまでも「雨宿り」などしてはいられない。
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そんな時、ふと前方をみると、茶屋がある。普通ならいかにもレトルトの「ぜんざい」など出していそうな店であるが、この時間、あったかい「ぜんざい」を食べながら、風雨が落ち着くのを待つならば、小光子も辛抱できる。
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本殿からテントの茶店に移った。

みんな、小光子の無言のこの提案に気がついて、やって来た。
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ヒマだったこの茶店はセッカチな小光子のおかげで、、こんなに繁盛したのであった。
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世の中、何が災いして、何が幸運をもたらすのかわからないものである。
青年達よ、希望を失わないで欲しい。
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マジメに「努力」をしていれば、意外と幸運は突然訪れるかもしれない。

群集心理は、いとオカシイ!
この日、龍の祟りがあったようだが、目出度く我が家に帰還できたので、龍はホントウは、怒ってはいなかったのであろう・・・・。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
神仏を信じない私にとって竜神とは何ぞや

信仰心の強い小光子さんにとっては、自然の森羅万象全てが、心を豊かにしてくれる現象なんですね

今年の釣り納めは、モンスターと対戦ですか?
「龍の祟り」について
2010/12/04 11:16
コメントの主がどなたなのか特定できませんが、小光子年齢に近いかたでしょうね。私も信仰家ではありません。
しかし、生物の起源、人間の発生等、そして偶然等々、現代の誰をしても明らかにならないものを、仮に○○としておくと、自らの想定外のその力に、畏怖の念を持っておいたほうが良いように考えている小光子です。
ウフフフ、、釣り納めは、やはり・・・
小光子
2010/12/05 19:02

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