小光子の心

アクセスカウンタ

zoom RSS 7人のテニスメン in 宴会(その3)

<<   作成日時 : 2009/09/03 09:38   >>

トラックバック 0 / コメント 0

「これが目的でもない目的だからだ・・?」とあいまいな事を言った小光子。

しかし、やはり、これも目的かもしれない。
力強くも優しい富士山と温泉に元気をもらい、ねじり鉢巻をした艦長の計画通り、7人のテニスメンは宴会に入った。
面倒見のいい艦長、小光子が横暴にも、断りなしに人の家の冷蔵庫を開けたら、すでにすき焼きのための野菜が調理されて、保存してあった。
ウ〜ム〜・・・。やはり艦長、ナカナカやる!

人と言うのは、奇妙なものだ。
老若、性別、国籍を問わず、ほとんどの人が、食事を共にすると、心の距離が縮まる。
お酒を飲んでも、また同じことだ。
従い、「理解の度を多少深めたい」と思う仲間は、日本では宴会を行う。
一方、欧米では「パーテイ」だ。
なんとも「響き」には、カッコ良さに、かなり隔たりがあるが、「飲んで、食って、話す」と言うことにおいては、まったく同じ事だ。
ただ、欧米は靴を履いて椅子に座ったり、立ったりして、それを行う。
それに対して日本人は、畳の上に座り、膳を前に接近して並び、「飲み食い」をする。
自ずと「心の接近」においては「宴会」に、形式上の軍配があがる。

そして、鳴沢の夜の繰り返し訪れる深いしじまは、7人のテニスマンによって、無造作にも破壊されたのであった。

艦長の細やかな配慮で、世もふけて、女性陣をペンションに届けるために迎えの車が来た。
すでに小光子はいつものように力尽き、鳴沢の深いしじまに吸い込まれていたが、和尚と艦長はそれからも人生について語ったようだ。

人の生き方はそれぞれだ。
この歳になって、色々な業界や環境の仲間たちと、こうしてお付き合いをし、ふと「幸せ」と言うことを基準として人生を評価してみるならば、それぞれの資産量の順位、学歴の順位、美貌の順位、地位の順位に、「幸福感」は決して比例していないようにも思える。

しかし、今の世は、ほとんどの人が、本当に学ぶことよりも高学歴であることを目指し、ほとんどの人が、一生で消費できないほどの資産を目指すのはなぜなのだろうか・・。

ただ、それなりに、学び、考え、実行し、皆で何かを共有し、その中で「自らの存在の証明」をできなければ、幸福感を得にくいように思う「小光子の心」でもあるのだが。

何か、これまでと違う新しい価値観・・・・・・、本当の幸福感とリーズナブルに連動した新しい価値観が、人の成長過程の目標にならないものだろうか・・・?そして、そんな社会がやってこないものだろうか・・・。

迷える「小光子の心」である・・・?

画像



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
7人のテニスメン in 宴会(その3) 小光子の心/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる